2026年8月26日

「ボールを投げると肩が痛い」
この症状だけでは、原因は一つに絞れません。
実は診察でとても重要なのが、
「投球動作のどのタイミングで痛みが出るのか?」
という情報です。
例えば、
-
腕を後ろにしならせた瞬間に痛い
-
ボールを投げる瞬間に痛い
-
ボールを離したあとに痛い
-
投げ終わったあとに肩の後ろが痛い
では、肩にかかっている力も、負担を受けやすい組織も異なります。
野球の投球動作は、下半身から体幹、肩甲骨、肩、肘、手へと力を伝える非常に複雑な全身運動です。
肩だけを見ていても、原因が分からないことがあります。
今回は、投球動作を6つのフェーズに分け、**「どのポジションで痛いと、どのような原因を考えるのか」**を整形外科医がわかりやすく解説します。
投球動作は6つのフェーズに分けて考える
一般的なオーバーヘッド投球は、大きく次の6段階に分けて考えます。
1:ワインドアップ
2:ストライド~アーリーコッキング
3:レイトコッキング
4:アクセラレーション
5:ディセラレーション
6:フォロースルー
重要なのは、肩への負担がすべてのフェーズで同じではないことです。
特にレイトコッキングとディセラレーションは、肩に大きな力が加わるフェーズとして知られています。投球障害を評価する際には、この投球フェーズと痛みの出現タイミングを照らし合わせて考えることが重要です。

① ワインドアップで痛い
ワインドアップは、投球動作を開始し、軸足に体重を乗せて脚を上げる段階です。
この時点では、まだ肩関節に大きな投球ストレスはかかっていません。
そのため、ワインドアップの段階から肩が痛い場合は、投球特有の障害だけでなく、すでに肩に強い炎症や可動域制限がある可能性も考えます。
例えば、
-
強い腱板障害
-
肩峰下滑液包炎
-
肩関節周囲の炎症
-
外傷後の障害
などです。
ワインドアップだけで病名を決めることはできませんが、「投げ始める前からすでに痛い」のか、「投球速度が上がったところで初めて痛む」のかは重要な違いです。
② ストライド~アーリーコッキングで痛い
脚を踏み出しながら、投球側の腕を後方へ持ち上げていく段階です。
この時期から、肩甲骨と上腕骨の動きが非常に重要になります。
ここで痛みが出る場合には、
-
肩甲骨の動きの異常
-
腱板機能の低下
-
肩関節の不安定性
-
前方組織へのストレス
などを考えます。
投球では肩だけでなく、骨盤や体幹が適切なタイミングで回旋する必要があります。
下半身や体幹から十分な力を伝えられないと、腕だけでボールを投げる「手投げ」のような状態となり、肩への負担が増えることがあります。
そのため、肩の診察だけでなく、股関節や体幹の動きまで確認することがあります。
③ レイトコッキングで痛い|非常に重要なフェーズ
投球肩を診るうえで、特に重要なのがレイトコッキングです。
踏み出した足が接地したあと、肩が最大限に外旋して「腕が最もしなる」ポジションです。
この瞬間、肩関節は外転・外旋位となり、非常に大きなストレスを受けます。
このフェーズで痛みが出る場合には、いくつか代表的な病態を考えます。
肩の後ろが痛い場合|インターナルインピンジメント
レイトコッキングで肩の後方に痛みが出る場合、代表的に考えるのが**インターナルインピンジメント(後上方インピンジメント)**です。
肩を大きく外旋したとき、上腕骨頭の大結節付近と肩甲骨の後上方関節窩の間で、
-
腱板関節面
-
後上方関節唇
などが接触します。
この接触自体は投球選手で生理的に起こり得ますが、反復ストレスや肩の機能異常が加わることで痛みや組織損傷につながることがあります。
2024年のMRI研究でも、野球選手のレイトコッキング肢位における肩後上方のインピンジメントと、肩関節形態との関連が報告されています。
特に、「腕を最大限に後ろへしならせた瞬間、肩の奥~後ろが痛い」という訴えは重要です。
肩の前方や奥が痛い場合|不安定性・関節唇・上腕二頭筋長頭腱
同じレイトコッキングでも、肩の前方や深部に痛みが出る場合には、
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肩関節前方不安定性
-
微小不安定性(microinstability)
-
SLAP損傷
-
上腕二頭筋長頭腱障害
などを考えることがあります。
投球選手では、脱臼するほど明らかな不安定性ではなく、反復投球による微妙な肩関節の不安定性が問題になることがあります。
2024年のレビューでも、投球選手の不安定性は明らかな脱臼より、反復する微小外傷によるmicroinstabilityとして現れることが多く、「デッドアーム」「球速低下」「肩の違和感」などとして発症することが報告されています。
④ アクセラレーションで痛い|ボールを投げにいく瞬間
最大外旋位からボールリリースまで、肩が急激に内旋するフェーズがアクセラレーションです。
肩は非常に速い角速度で回転し、肘を伸ばしながらボールへエネルギーを伝えます。
このフェーズでは、
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腱板
-
上腕二頭筋長頭腱
-
関節唇
-
肩前方の軟部組織
などにストレスが加わります。
古くから、レイトコッキングからアクセラレーションにかけては、肩の前方不安定性、上腕二頭筋腱障害、インピンジメントなどが問題になりやすいことが報告されています。
患者さんからは、
「ボールを離す直前にズキッとする」
「力を入れた瞬間に肩が痛い」
と表現されることがあります。
ただし、「アクセラレーションで痛い=腱板損傷」などと一対一で診断できるわけではありません。
痛みの場所、筋力低下、圧痛、誘発テストなどを組み合わせて判断します。
⑤ ディセラレーションで痛い|投げた“あと”が痛い
ボールをリリースした直後、腕は高速で前方へ振り出されています。
その腕を止めなければならないのが**ディセラレーション(減速期)**です。
実はこの瞬間、肩の後方にある筋肉には非常に大きな負担がかかります。
特に、
-
棘下筋
-
小円筋
-
三角筋後部
-
肩後方組織
などが遠心性収縮を行い、腕に「ブレーキ」をかけます。
そのため、
「ボールを離した直後に肩の後ろが痛い」
場合には、肩後方の腱板筋群や後方組織への負荷を考えます。
反復する強い減速ストレスは、後下方関節包の変化や肩関節内旋制限などにも関係すると考えられています。
⑥ フォロースルーで痛い
投球を終えて腕が身体の反対側へ振り抜かれるフェーズです。
ここでも肩後方の筋肉や肩甲骨周囲には大きな遠心性負荷がかかります。
痛みの原因として、
-
腱板後方への負荷
-
肩後方筋群の疲労
-
後方関節包の問題
-
肩甲骨機能異常
などが関係することがあります。
投げ終わったあとに肩が「抜ける感じ」「重い感じ」「デッドアームになる」と訴える場合は、不安定性を含めて詳しく評価します。
「痛むタイミング」だけで診断してはいけません
ここがこの記事で最も重要なポイントです。
例えば、
レイトコッキングで痛いからSLAP損傷
リリース後に痛いから腱板損傷
と単純に決めることはできません。
2025年の投球肩に関する身体診察レビューでも、投球肩の評価では、
-
痛みの場所
-
痛む投球フェーズ
-
肩関節可動域
-
腱板筋力
-
関節唇テスト
-
不安定性テスト
-
肩甲骨の動き
などを総合して診断することが重要とされています。
MRIに異常があっても無症状の投球選手もいます。
逆に、MRIで大きな異常がなくても、機能的な問題によって投球時痛が出ることがあります。
画像だけでも、投球フォームだけでも診断できない。
これが投球肩の難しいところです。
肩だけを治療しても治らないことがある
投球は全身運動です。
下半身で生み出されたエネルギーは、
脚 → 骨盤 → 体幹 → 肩甲骨 → 肩 → 肘 → 手 → ボール
というキネティックチェーンを通して伝わります。
このどこかに問題があると、その不足分を肩が補うことになります。
例えば、
-
股関節が硬い
-
体幹回旋が不足している
-
肩甲骨がうまく動かない
-
後方肩組織が硬い
-
腱板の筋力が低下している
といった問題です。
2024年の研究でも、反復投球による疲労によって股関節筋力や骨盤・体幹の動きが変化することが示されており、投球障害を「肩だけの問題」と考えないことが重要です。
最新の医学研究では何が分かっている?
2025年のシステマティックレビューでは、スポーツ選手の肩痛・肩障害には、
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肩関節可動域
-
筋力
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過去の肩痛・肩障害
-
トレーニング負荷
など複数の因子が関係することが報告されています。
また、2025年の野球投手に関するシステマティックレビューでは、投球を繰り返してきた肩には外旋・内旋可動域や筋力、骨・関節唇・腱板などにさまざまな適応が起こることが整理されています。
重要なのは、こうした変化のすべてが「異常」ではないことです。
投球選手には競技に適応した身体変化も存在するため、
正常な適応なのか、痛みにつながる病的変化なのか
を見極める必要があります。
さらに2025年のThrowing Shoulderに関するレビューでは、SLAP損傷やインターナルインピンジメントなどの投球障害に対して、まずは後方組織の柔軟性改善、外旋筋・肩甲骨安定筋の強化、肩甲骨機能の改善、体幹・骨盤・下肢を含めた保存療法が重要とされています。
成長期の選手はさらに注意
小学生・中学生では、大人とは違う視点も必要です。
骨が成長途中の選手には**骨端線(成長軟骨)**があります。
そのため投球による肩痛では、成人に多い腱・関節唇障害だけでなく、
リトルリーグショルダー(上腕骨近位骨端線障害)
など成長期特有の病気も考えなければなりません。
「レイトコッキングで痛いからインターナルインピンジメント」と決めつけず、年齢と骨の成熟度も含めて評価することが重要です。
よくある質問
レイトコッキングで肩後方に痛みが出る場合、インターナルインピンジメントや後上方関節唇・腱板関節面への負荷などを考えます。ただし、痛むタイミングだけでは診断できないため、可動域や筋力、誘発テストなどを含めた評価が必要です。
ボールリリース後は、急速に動いている腕を止めるために腱板後方筋群などが強く働きます。そのため、ディセラレーション期の負荷が痛みに関係している可能性があります。
はい。投球障害は日常生活では症状がなく、投球時だけ痛むことが珍しくありません。痛みが繰り返す場合や球速低下、違和感がある場合は整形外科で一度評価することをおすすめします。
必ずしもそうではありません。投球選手では症状がなくてもMRI上の変化がみられることがあります。画像所見と症状、身体診察、投球動作を総合して判断することが重要です。
肩だけでは不十分な場合があります。投球は全身運動なので、肩甲骨、体幹、股関節、下肢なども評価し、問題に応じてリハビリテーションを行います。
まとめ|「どこが痛い?」の次に「いつ痛い?」を確認しましょう
投球時の肩痛を評価するとき、「肩のどこが痛いのか」と同じくらい重要なのが、「投球のどの瞬間に痛いのか」です。
特に、
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レイトコッキングで肩後方が痛い
-
最大外旋位で肩の前方や奥が痛い
-
アクセラレーションで痛い
-
ボールリリース後に肩後方が痛い
-
フォロースルーで肩が重い
など、痛みの出現タイミングには診断につながるヒントがあります。
しかし、投球フェーズと病名は一対一ではありません。
同じレイトコッキングでの痛みでも、インターナルインピンジメント、関節唇障害、微小不安定性、腱板障害など複数の病態が考えられます。
だからこそ、
痛みの場所 × 投球フェーズ × 可動域 × 筋力 × 肩甲骨 × 体幹・股関節 × 画像所見
を総合して原因を考えることが大切です。
「投げると肩が痛いけれど、普段は大丈夫」
という状態も、身体からの重要なサインです。
痛みを我慢して投げ続けるのではなく、早い段階で原因を評価し、適切な負荷調整とリハビリテーションを行うことが、長く野球を続けるためには重要です。
参考医学論文
-
The Physical Examination of the Throwing Shoulder. Clin Sports Med. 2025.
投球肩の診察では、腱板、上腕二頭筋・関節唇、不安定性、肩甲骨機能などを総合的に評価する重要性がまとめられています。 -
The throwing shoulder. Orthop Traumatol Surg Res. 2025.
SLAP損傷、インターナルインピンジメントなどの投球肩障害と、保存療法・キネティックチェーンを含む治療戦略についてまとめた最新レビューです。 -
Chronic Adaptations of the Shoulder in Baseball Pitchers: A Systematic Review. Am J Sports Med. 2025.
野球投手に生じる可動域、筋力、組織の長期的な適応について整理されています。 -
Risk Factors Associated with New Onset of Shoulder Pain and Injury Among the Athletic Population: A Systematic Review of the Literature. 2025.
可動域、筋力、既往歴、トレーニング負荷など複数のリスク因子が肩痛・肩障害と関連することが報告されています。 -
Preventive interventions for throwing injuries in baseball players: a scoping review. J Shoulder Elbow Surg. 2024.
肩後方の柔軟性改善や外旋筋強化など、野球選手の投球障害予防について検討されています。
監修者情報
院長 大塚 貴史
日本整形外科学会認定 整形外科専門医。
野球肩・野球肘をはじめ、投球動作による肩・肘の痛み、成長期スポーツ障害などの診療を行っています。
投球障害では、単に肩の痛む場所だけを診るのではなく、どの投球フェーズで症状が出るのか、肩関節の可動域・筋力、肩甲骨の動き、体幹・股関節・下肢の機能、投球量などを総合的に評価することが重要です。
症状に合わせた負荷調整とリハビリテーションを行い、痛みの改善だけでなく、安全な競技復帰と再発予防を目指します。